【煙に巻く魔法】
似非スモーク風味とは明らかに一線を画する本物の薫り
燻製という言葉には何やら奥深い響きがあります、煙から漂う薫りは心地よく、人々を安堵の世界へと誘い込みます。
待ち遠しい時間、おあずけの時間の分だけそれは少しずつ美味しく変貌して行きます。
私達を煙に巻くこの「燻製」という魔法に人々は強く引きつけられるのです。
燻製が生み出す世界には、薫液などで安易に付けられた似非スモーク風味とは明らかに一線を画する本物の薫りが有ります。
【ハムの起源】
ハムソーセージは、ヨーロッパが発祥の地とされています。
古代ギリシャ時代には既に牛、豚、羊などの家畜が飼育され、それと共に食肉加工が行われていたようです。
紀元前9世紀の詩人ホメロスの叙事詩「オデッセイ」にもソーセージらしきものが祝宴の食材として登場してきます。
一方、古代中国で作られていた鹹(ハン)という加工肉がハムの語源という説もあります。
ベーコンについてはおもしろい逸話が残っています。
紀元前数世紀のデンマークでは、海賊が航海中の保存食として塩漬けの豚肉を火であぶって食べていたのですが、ある時湿った薪で肉をあぶってしまい、これがたまたま煙で燻す結果となり、味も保存性も以前より良いものが出来たということで、これがベーコンの原型となったと言うのです。
この類の話は色々あり、ホントのところはどうなのか解りませんが、これは何だか当時の情景が目に浮かぶ楽しい逸話ですよね。
ベーコンの語源についても、イギリスの哲学者「フランシス・ベーコン」の名前が語源だとか、ゲルマン祖語で「背」「背中」を意味する「bakkon」が語源でこれが変化して「bacon」となった等の説があるようです。
ベーコンはイギリス艦隊が航海用食料として利用し、これが七つの海を渡り世界に広まったとされていますので、「フランシス・ベーコン」説に説得力が有るように私は思いますが、如何でしょうか?
人々は試行錯誤のうちに、煙で燻す事により腐敗を防ぎ薫りも良くなる事を覚え、岩塩を使い塩漬けすると肉の色合いや風味が良くなり保存性が高まる事を知り、長い時を経て加工技術を発達させたのでしょう。
大航海時代に入りヨーロッパにも香辛料がもたらされ、「塩漬け」「燻製」「スパイス」がうまく解け合いハムは食肉文化に無くてはならない物と成りました。 こうして長い時間を掛けて育まれた芳醇な薫りと特有の風味が今なお私達を魅了し、ハム造りへと駆り立てるのです。
【ハムづくりと農業】
かつて家畜の飼料を年間を通して十分に確保できなかった時代、寒さ厳しいヨーロッパの農夫達は家畜として飼っている豚を冬が来る前に屠畜し、食肉としていました。
冷蔵庫の無い時代のことです、いくら冷涼な地域であっても一頭の豚肉を保存するのは難しいことでした。
貴重な豚の全てを残さず食べきる為に様々な工夫を凝らし、肉塊はそのままハムに、小間切れ肉や内臓、血液に至るまでソーセージに加工したのです。(豚は鳴き声以外不要なところが無いと言われるほどです)
この様にして各家庭で独自に工夫を凝らし保存食として広まったのが本場ヨーロッパのソーセージであり、ハムだったのです。
こう考えると私達のような畜産に関わる者が、自分たちで育てた大切な豚を一頭丸ごと余すところ無く、ハムソーセージに仕上げていくことはとっても理にかなっている様に思います。
ただ豚を育てるだけでなく、お客様に満足して食べていただく事、そこまでが私達の仕事と思っています。
【日本でのハム造り】
日本でのハムの発祥
日本でのハム発祥の地は長崎と言われ、出島のオランダ舘でオランダ人がハムを作った事が資料で確認されています。
日本人の手によって本格的なハムが作られるのは明治維新前後で、記録として残る最も古いものは、長崎市大浦の片岡伊右衛門が明治5年に長崎に来遊したアメリカ人にから製法を伝授され製造を開始、その製品は第一回内国勧業博覧会に出品した、というものです。
また、神奈川県戸塚(当時は鎌倉郡)で、ホテル業で財をなしたイギリス人ウィリアム・カーティスから製法を会得した益田直蔵や、斉藤万平らの努力によって現在の「鎌倉ハム」の礎が築かれたのもこの頃のことです。
なお、現在知られる「鎌倉ハム」とは、特定のメーカーや登録商標を指すのではなく、当時鎌倉郡周辺で製造されるハムを世人が一般に「鎌倉ハム」と呼んだことがその始まりと言われています。
一方、北海道では・・・
明治6年から9年にかけて北海道開拓使庁の事業として札幌養豚場でハムを試作し、同10年に内国勧業博覧会に出品、11年にはパリで開催された万博にまで出品した、という記録が残されています。
期せずして、日本の中央と南北両端の三箇所でほぼ同時期にハム造りが始まったと言うわけです。
今では日本各地に、色々な手作りハムのメーカーが点在しています、昔の人々のたゆまぬ研究と努力が有ってこそ今の私達が有るのだな~って痛感いたします。
【ソーセージの起源】
世界のソーセージ
ソーセージとは原料肉を挽肉の状態あるいは更に細切りにし、練り上げたものを羊腸・豚腸などのケーシングに充填したものです。
英語では「Sausage」(ソーセージ)、ドイツ語では「Wurst」(ブルスト)、フランス後で「Saucisse」(ソーシス)と呼ばれます。
その語源には諸説あり、本当の所は定かでは有りません、何せ大昔の事ですからね。 有力と思われる説は、ラテン語で「塩漬け」を意味する「Salsus」に由来すると言うものです。
この「Salsus」は「細切れ肉」を意味する「Sicium」と合成され「Salsicium」となり、フランス語で「Saussiche」に変化した後、英語に入り「Sausage」(ソーセージ)」となったというものです。
他には「牝豚」を意味する「Sau」と「香辛料」の「Sage」が合成されたと言う説もあります。
ローマ時代に・・・
私は以前、ローマ時代の人々は「牝豚」を好んで食べ、ソーセージも多く食べられたという事を物の本で読んだ事があるので、何だかこちらの説もそれらしい様な気がしてきます。
そうは言っても、ソーセージ自体の起源でさえ3000年前のギリシャ時代だとか、5000年前のメソポタミア地方だとか、いやいや中国が起源だ等という諸説があり、はっきり致しません。
世界各地でそれぞれ自然発生的に保存食としてのソーセージやハムが生まれ、それらがシルクロードや大海原を渡り、融合し、影響し合い現在のような形が出来上がったと考えるのが自然であると思います。
結局、語源も起源も解らずじまいですが、まあそんな事はどうでも良いではないですか。 大昔の人々の苦労に思いをはせながら、ビールを片手に茹でたてのフランクフルトにかぶりつくと言うのも、また一興というものです。
【ソーセージの種類】
今や私達の食卓にすっかり定着したソーセージですが、実に多種多様なものが世界各国に存在し、その分類の方法も様々です。
ザッとご紹介しておきましょう。
〈水分含有量による分類〉
「ドメスティックソーセージ」
水分が多く、生鮮食品扱いとされる(消費されるソーセージの大部分がこれにあたる)「セミドライ及びドライソーセージ」
水分が少なく保存性が高い〈製法による分類〉
「生ソーセージ」
挽肉に味付けしケーシングに充填しただけのもので、冷凍で流通される事が多い「スモークドソーセージ」
挽肉に塩せきし、乾燥・燻製・ボイルを行う(最も一般的なソーセージ)「クックドソーセージ」
燻製を行わないでボイルだけで仕上げるもの〈JAS規格による分類〉
「加圧ソーセージ」
120度で4分間加圧加熱したもの「セミドライソーセージ」
乾燥し水分が55%以下のもの「ドライソーセージ」
乾燥し水分が35%以下のもの「無塩せきソーセージ」
塩せきをしていないもの(亜硝酸を使用しない)「ボロニアソーセージ」
太さが36ミリ以上のもの「フランクフルトソーセージ」
太さが20ミリ以上~36ミリ未満のもの「ウインナーソーセージ」
太さが20ミリ未満もの「リオナソーセージ」
野菜類、米・麦などの穀粒、ベーコン・ハム等の肉製品、チーズ等の乳製品を加えたもので太さは問わない「レバーソーセージ」
レバーを使用しその原料に占める割合が50%未満のもの〈発祥地による呼び方〉
本来ソーセージの名前はその発祥地の名称を付けたものが多くあり、これは上記の日本特有のJAS分類とは少し趣が異なります。 以下にいくつかご紹介いたします。「フランクフルトソーセージ」
ドイツフランクフルト地方発祥の豚腸に挽肉を詰めた太めのタイプのもの「ウインナーソーセージ」
オーストラリアのウィーンで作られたので、ウィーン風という事で名付けられました。(羊腸を使います) 実は「ウインナーソーセージ」は1805年にフランクフルトの職人がウィーンを訪れ始めて小振りなソーセージを公開したのが始まりで、この為ウィーンでは「ウインナーソーセージ」を「フランクフルター」と呼び、逆にフランクフルトでは「ウインナー」と呼ぶという、ミョーな事になっている様です。「リオナソーセージ」
フランス、リオナ地方のソーセージで豚と牛の挽肉に、グリーンピース・レッドピーマン・角切りの脂肪などを入れたもの。「ボロニアソーセージ」
牛腸をケーシングに使った太めのソーセージで豚肩肉や牛のほほ肉を混ぜ合わせて作ります、イタリアのボローニャ地方が発祥地です。【日本でのソーセージ造り】
日本人による本格的ソーセージ造りの始まりは、ハムより少し遅れ大正時代になってからの事です。
大木市蔵がドイツ人マーチンヘルツからドイツ式の食肉加工技術を学び研究を続け、大正3年第一回の神奈川畜産共進会にソーセージを出品し、日本人として最初のハムソーセージ専門店を東京銀座に開きました。
また、大正7年(第一次世界大戦中)、ドイツ人捕虜カール・ヤンからドイツ式ソーセージの製法を聴取した畜産試験場の技師が、これを広く全国に広めたという話も残っています。
その後、日本人の嗜好に合うよう改良を加えながら現在の様な製品が出来上がったのでしょう。 「オットー・ローマイヤー」や「カール・レーモン」らが食肉加工技術を日本人に伝授したのも、大正時代の事です。
時代は第二次世界大戦に突入し、食肉加工文化は一旦は急速に減少を余儀なくされますが、戦後の高度成長に歩調を合わせるように復活して行くことになります。
















